ドリーム小説

オレのために困ってほしい

「ずっとは無理だけど、手が空いてるならオレだけ見ていて」

 オレが耳元で囁くと、は日焼けを知らない白い肌をぼっとすごい勢いで紅潮させた。こちらを真ん丸の瞳で凝視したにくすりと笑みをこぼしつつ、オレは部活のために体育館に足を踏み入れる。すると部員たちの大きな挨拶がオレを迎い入れた。

「今日はいくつかのチームに分かれて試合形式の練習を行う。練習だからと気を緩めるな!」

 「はい!」という答えを受け止めながら、オレはちらとに視線を向ける。彼女はちょうど体育館に入ってきたところだった。まだ顔が赤く、その自覚もあるのか手で顔を仰いでいる。
 部長と筆頭マネージャーという立場上、オレたちはよく相談をすることが多い。1年と2年の頃はクラスも同じだったため話す機会は多かったし、クラスが離れてしまった今も会話する頻度は去年よりも増えたと思っている。
 そんな共にいる時間が多いのあのような表情はとても珍しい。は今までオレのことを仲のいい異性の友人と捉えていたようだから、オレに赤面するような機会もなかった。それが今日の出来事によって覆されてしまった故に、彼女はオレの言動に過剰に反応しているのだろう。
 困ったように反応するは見ていて可愛らしく、申し訳ないがもっと困って、オレの知らない顔を見せてほしいと思ってしまった。に出会ってから自分の知らない一面を多く自覚するようになってはいたが、まさかオレが好きな人が困っている姿を見て、嬉しくなってしまう性格だとは想像もしていなかったため自分自身に驚愕する。正直、想定を軽く超え、想像すらも超えてくるとは思わなかったのだ。
 初恋に狂わされたオレは、それでも後悔はしていない。今日やっと、一歩進めることができたのだから。


     ***



 との出会いはよく覚えている。
 彼女とは入学式の当日、振り分けられたクラスで出会った。

『はじめまして』
『はじめまして、です。……えっと、……赤司くん?』
『よく知っているね』
『だって、みんなが噂してるから』
『確かにそうだな。……改めて、赤司征十郎だ。1年間よろしく頼む』

 あのときのオレは非常にうんざりしていた。
 入学式当日から何故か日本有数の赤司家の嫡男が入学したという噂が出回り、オレがいるところには動物園に珍獣を見にきたかの如く人が集まってきていた。それだけならまだしも大人数から話しかけられてしまい、いくら立場上慣れているオレでも疲れきってしまっていた。しかし当然その疲労は表情には出さないため他人に悟られることはなく、そのためさらに人が集まってくるという悪循環が出来上がってしまったのだ。
 早く人集りがなくなってほしいと願い、やっとオレに話しかけてくる人間が少なくなった頃、ばちりとと目があった。正直そのときはまだいるのかと思ってしまったのだが、は他のクラスメイトたちとは違っていた。

『うん、よろしくね。色々大変そうだけど、頑張って』

 そう言っては穏やかに笑う。ただそれだけだった。他の人間が興味本位で聞いてきたオレに関する踏み込んだ質問をするわけでもなく、他の女子たちのようにオレに媚びるわけでもなかった。
 本当にただそれだけだったのだ。
 それだけのきみにオレは惚れてしまった。
 ずっとオレの外側ばかりを見て接する人ばかりだった。もちろんキセキの世代や黒子のようにオレの内面を見てくれた友人もいたが、基本オレは”赤司征十郎”という容れ物を通して他人の瞳に映されていたのだ。
 幼い頃から本当の”赤司征十郎”は見てもらえなかった。気付けばオレ自身も本当の自分が一体何なのか分からなくなっていった。
 だから最初からオレを”赤司征十郎”というフィルターを通さずに接してくれたはオレにとって大切な存在で、そうなることは最早必然だったのだろう。
 当然のように恋に落ちて、初めての気持ちに翻弄される”僕”を俯瞰的に見ていて随分と愉快に思ったものだ。何しろ普段は「絶対は僕だ」とか、「僕に逆らう奴は親でも殺す」とか、「全てに勝つ僕は全て正しい」とか言っていたあの”僕”が、たった1人の女子に負かされていたのだから。きっとそれを“僕”に言ったら認めようとはしないだろうが、それでもあいつだってに惚れていた。
 当時の人格はオレではなく、”僕”だったけれど、彼の方も彼女を好きになっていたし、オレたち2人はあの瞬間に彼女に撃ち落とされたのだ。微塵の抵抗も許されずに。


     ***



「そこ! 動きが緩慢だぞ、もっと気を引き締めろ!」

 数チームに分かれた試合形式の練習を行っている途中。先程ゲームに出たばかりのオレは水分を補給しながらも、試合を行っているチームに目を光らせる。少しでも気が緩んだ動きを見せればオレからの檄が飛ぶため、部員たちは油断することは許されない。
 するとそんなオレの元にが小走りでやってきた。

「赤司くん」
「どうした、
「篠崎くんのことなんだけど……」

 は視線だけ試合中の篠崎に目をやる。オレもそれに倣って彼に見つつも、に続きを促した。

「さっきからドリブルのときのリズムがおかしい。いつもならスムーズに相手をかわすところも無駄な動きが多かったし、何より重心が傾いてる」

 そう言われてオレは篠崎のプレイを凝視した。普段通りプレイしているように見えた彼は、しかし言われてみれば確かに動きが普段より僅かながら鈍い。

「あれは……片足を庇っているな」
「うん、だと思う」
「昨日はいつも通りだったか」
「昨日は問題なかったよ。でも今日は最初からあんな感じ」
「わかった」

 頷いて、ちょうど試合が終わったばかりの篠崎を呼び出す。案の定右足に今日の体育の授業で怪我を負ったらしく、それを黙って部活に参加していたようだった。何故隠していたのかと問うと、彼は顔を俯かせ、バレたら一軍から外されると思ったからと答える。
 彼が言わんとしていることはオレには理解できた。篠崎は1年ながら1軍に入り期待されている。しかし洛山高校バスケ部にとって、1軍昇格はゴールではなくスタートだ。彼自身もそれを分かっているからこそ、1軍のハードな練習をこなしつつ自主練習も怠っていなかった。だがそんな彼がただの体育によって怪我を負ったことは確かに情けないし、注意に欠けることだろう。篠崎もそう思ったからこそ黙っていたに違いない。
 だが怪我のことを隠し続け、結果的にそれがのちの篠崎の体に重大な負担をかけることだってあるのだ。それこそチームにとって避けなくてはならないこと。オレはそれを伝えようと口を開きかける。しかしオレよりも先に黙って篠崎の話を聞いていたが静かに告げた。

「篠崎くん、黙っていたら駄目だよ。もしもそのまま部活を続けて、症状が悪化したらどうするつもりだったの。もしかしたら一生バスケができなくなるかもしれないんだよ」

 は俯いたままの篠崎に視線を合わせるように腰を屈めた。

「きみには未来がある。まだ1年生なの。まだまだ部活を続けて、そして将来的には先輩として後輩たちを引っ張ってもらわないと。だからこんなところで体を駄目にしちゃいけないんだよ」

 の声音はひどく穏やかで優しい。怯えさせないように配慮されていて、篠崎もそれを感じ取ってを見返した。

「怪我をしたならちゃんと伝えて。誰でもいいんだよ。部長の赤司くんに言いにくいのなら私たちマネージャーだって、同じ1年生だっていいの。怪我なんて誰でもすることなんだから、怪我をするななんて誰も言わないよ。ただそこからの行動が大事なの。しっかりと手当てして、安静にする。何より1人で抱えこむのは絶対に駄目」

 宥めるように言われた篠崎はこくりと頷き、に連れられて保健室へと向かった。
 きっとオレ1人だったら、ああはならなかっただろう。本当にのマネージャーとしての働きっぷりには脱帽する。
 しばらく経つとは1人で体育館に帰ってきた。オレを見つけると駆け寄ってくる。

「篠崎は?」
「保健室で手当てをして、帰らせたよ。まずかった?」
「いや、オレもそうしてもらおうと思っていた」
「ならよかった」

 ほっと一安心したように胸をなでおろす。そんなを見て、オレの口からはぽつりと言葉が漏れた。

「流石だな、は」
「え?」
「オレだったらあんなにスムーズにはいかなかっただろう。きっと怯えさせていた」
「そんなことないよ、マネージャーの仕事をしたまで」

 は当然のように言ってのけるが、それは簡単にできることではない。そもそも部員たちの健康の確認は本来であればマネージャーの業務には入っていない。なのにも関わらず、は常に部員たちの体調等に気を遣い、何か気になることがあるとすぐにオレに報告してくれる。それがどれだけ助かっているか、は分かっていないのだ。

「いつも助かっているんだよ」
「マネージャーは試合に出て点数を稼ぐことはできないからね。その代わりにみんなが万全に試合に出られるように努力するのは基本だよ」

 その言葉を聞いて、オレは笑みをこぼす。は以前、オレのことを完璧主義者だと言った。実際そうであるから否定しなかったが、もオレに似ていると思う。きっと尋ねたら否定するだろうが。

「そんなだから好きになったのかな」

 気付けばそんな言葉が漏れ出ていて、意識していなかったオレは自分の発言に目を丸くした。いつもならばの言動にぐっとくることがあっても、強靭な精神で平静を装っていた。しかしどうやら告白したことで、オレにも油断が生じていたようだ。これでは部員たちに示しがつかないなと苦笑しつつ、オレがふと隣を見ると。

「な、……あ、あか、」

 顔を茹でダコのように真っ赤にさせたがいた。しっかりとした言葉が口にできていないところを見ると、相当に照れているようだった。
 周囲に人がいてオレの発言を聞かれていないか不安だったが、のこの様子を見てそんな考えも吹っ飛んでしまった。
 やはりオレは、彼女にオレのために困ってほしいようだ。

366日耐久お題の1日目に書いた2人のすぐあとのお話。この2人を私は気に入ってしまったので、シリーズ化が決定しました。
title by ユリ柩
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